足し算の人生

 私たちの今までの人生を考えてみると、父と母からこの命をもらい、回りの人々の笑顔で育ってきました。さまざまな形の守りをうけて育ってきたということは、経済的に言えば借金をしているのと同じことだと思います。なんのお返しもしないで、人の親切にも気づかず、小さい頃の笑顔や動作がそれに少しお返したのでしょうが、一人前になり、子をなし一家をかまえてからは、今度は今までうけたご恩を感じるなら、その人たちに形のあるなしにかかわらず、お返しすべきだと思うのです。たとえその人が亡くなっていたとしても、今のあなたの回りにある人に、自分がうけたことをしてあげること。とくに今、自分がして欲しいことを、まず相手にしてあげること。そして、それを忘れること。これが徳ということです。このような考え方や生き方を足し算の人生というのでしょう。  
 つみかさね、少しずつ高くつくりあげようと努力すること、一人では生きては行けないから、回りの人々と共に、つみ上げようとするたし算の人生、多くの人々の生き方です。
どのようにつみあげるのか人それぞれのあり方はちがうでしょうが、行きつく先は同じ所をめざしているのです。
もう一つの生き方は、引き算の人生。わずらわしいものがたくさんあります。金、法律、義理。人情、見栄、つきあい、時には妻(夫)子にまでも及ぶこともあるでしょう。それらをすべて振りすてて全国を遊行(ゆぎょう)し阿弥陀さまのお札をくばって歩いたお坊さんが空也上人。口から六仏を出して歩いている像を見たことがあるとおもいます。
 私たちは、全てをふりすてることが出来ません。思ってみても想像をこえるものです。
 ならば、つみあげる人生しか残されていないのです。善悪の区別はつくはず。少しでも良い方向につみ上げて行きましょう。

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