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終戦後まもなく闇市があったころ、白米だけのご飯を「銀シャリ」などとよんだものです。このシャリとは「舎利」とかき、梵語でシャリーラの音写漢字で、悟った人や聖者の骨のことなのです。お釈迦さまが亡くなられ、嘆く人々は何か礼拝する対称が欲しいと言われました。そこでお骨を分けて、それぞれお徳をたたえた石柱をそばに建てお骨には半円球の形をしたお仏舎利塔をインドに八塔たてたのです。ところが、私たちもほしいと言った人々が多かったので、また集めなおしインド全国にたくさんの仏塔がたてられました。なかには灰までも持っていっておまつりした方や国もあったそうですが、そのお骨(舎利)は火葬にしたあとも銀色か、ツヤのある白色にかがやいていたので、誰がシャレて銀シャリなどと言ったのでしょう。
年忌や施餓鬼供養や、お葬式によく見るトーバは、お釈迦さまのお骨をまつったこの仏舎利塔、これをスツーパといい三蔵法師さまはこの音で「卒塔婆」と漢字をあてたのです。この仏塔の建築がテレビのシルクロードでおなじみでしょう。中国をこえ、日本に渡り、三重、五重の塔となりもっと下って私たちの先祖をまつる石塔や角トーバーや板塔婆と形をかえてきたのです。
おトーバ一つをとってみても、今から二千四百年も前のお釈迦さまの時代にまでさかのぼる歴史がつたわり、守られているのです。日本にもお釈迦さまのお骨がいくつか伝わっています。名古屋の日泰寺。ここはインドからタイ(泰)国、日本と伝わりました。仏舎利の形を留めてでは千葉清澄山、九州花崗山、熱海、吉野、御殿場などにも白い半円球の塔がたっています。頂上には水煙とよばれるものがあります。あれは古代の方が、余りにあつい日差しをやわらげる為にカサをさしたので、それが、重なったのです。優しい心遣いのあらわれですね。
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